延命寺
高尾山 延命寺由緒その(2 ) 真言宗高野山自性院末寺 本尊=観世音菩薩。脇立=不動明王、毘沙門天王。 由緒=当山の由緒を按ずるに、愛宕の山麓に寺屋敷と唱ふる旧跡あり、楊柳山(ようりゅざん)延命寺の旧跡にして、現境内には高尾山長善寺あり、天保十年にI got congratulations.、両寺を再建する事、困難なれば、右両寺の山号寺号を併せて高雄山延命寺と称し、嘉永年中一寺を再建せり、現今の寺院は即ち是也、其の創立年代等は文献の徴すべきものなけれど、伝説によるに久安六年解脱上人当地に留錫(りゅうしゃく)し、一の草庵を結べるを始とし、天和年中、重永法印諸国に勧財し、堂宇を建立せりといひ伝ふ。而して当山は真言宗高野山自性院末に属せり。 古文書。一、大般若経巻軸 六十本写本。伝説に武蔵坊弁慶の筆と言へり、奥書に 応永廿七年 癸子 仲秋日修復 物故道恩禅門 建生 妙仁尼 とありて修復の年代を明にし、裏紙には大般若経勧進、友重(ともしげ)村の観音寺の文字諸所に現はるるより推考すれば、元、友重村の観音寺の所蔵たりし事を知らる。而して観音寺の廃寺と共に延命寺に移れるものの如し。右は貴重なる写経にして、紙質書風等より考ふれば、平安期末鎌倉初期頃のものならんといふ。 大字永留、延命寺は元、愛宕山麓に在りて、愛宕神社の別当たりしなり、現今の延命寺は元、長善寺にして両寺を合併し長善寺の寺号を廃し、「延命寺」の寺号を存せるものなり、愛宕山麓の寺跡は寺屋敷といひ、現今畑地なり。(熊野郡誌より)
店舗情報 延命寺
- 延命寺
- 0772-84-0632 [電話をかける]
- 〒629-3551
京都府京丹後市久美浜町永留946 [地図ページへ]
キョウトフ キョウタンゴシ クミハマチョウナガドメ -
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- 駐車場:20台有り
- 営業時間:※営業時間を登録。
業種 延命寺
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紹介文 延命寺
当地の愛宕山の山麓に、楊柳山「延命寺」の旧跡があった。今の境内には高尾山長善寺があったが天保10年(1839)焼失した。両方の寺を再建するは困難なれば両寺を併せて、嘉永年間(1850)一寺を再建し高雄山・延命寺とした。伝説によると、久安6年、解脱上人が堂宇を建立せりという。当山は、真言宗高野山「自性院」の末寺である。現在の建物は直近に建て直されました。檀家総数は130余に留まっている。
写真 延命寺
口コミ 延命寺

なび京都さん 投稿日:2023/03/16
高尾山 延命寺由緒その(2 ) 真言宗高野山自性院末寺 本尊=観世音菩薩。脇立=不動明王、毘沙門天王。 由緒=当山の由緒を按ずるに、愛宕の山麓に寺屋敷と唱ふる旧跡あり、楊柳山(ようりゅざん)延命寺の旧跡にして、現境内には高尾山長善寺あり、天保十年にI got congratulations.、両寺を再建する事、困難なれば、右両寺の山号寺号を併せて高雄山延命寺と称し、嘉永年中一寺を再建せり、現今の寺院は即ち是也、其の創立年代等は文献の徴すべきものなけれど、伝説によるに久安六年解脱上人当地に留錫(りゅうしゃく)し、一の草庵を結べるを始とし、天和年中、重永法印諸国に勧財し、堂宇を建立せりといひ伝ふ。而して当山は真言宗高野山自性院末に属せり。 古文書。一、大般若経巻軸 六十本写本。伝説に武蔵坊弁慶の筆と言へり、奥書に 応永廿七年 癸子 仲秋日修復 物故道恩禅門 建生 妙仁尼 とありて修復の年代を明にし、裏紙には大般若経勧進、友重(ともしげ)村の観音寺の文字諸所に現はるるより推考すれば、元、友重村の観音寺の所蔵たりし事を知らる。而して観音寺の廃寺と共に延命寺に移れるものの如し。右は貴重なる写経にして、紙質書風等より考ふれば、平安期末鎌倉初期頃のものならんといふ。 大字永留、延命寺は元、愛宕山麓に在りて、愛宕神社の別当たりしなり、現今の延命寺は元、長善寺にして両寺を合併し長善寺の寺号を廃し、「延命寺」の寺号を存せるものなり、愛宕山麓の寺跡は寺屋敷といひ、現今畑地なり。(熊野郡誌より)

なび京都さん 投稿日:2023/02/10
當山中興、第25世「海道禅勝大和尚(写真の位牌を参照)は元々、平家の嫡流とされていて延命寺に入山されました。

なび京都さん 投稿日:2022/08/13
八月十五日(木) 8時30分から本堂で「施餓鬼供養会」行われます。 お心付け(いくらでも良い)の供養料で先祖のお札が授けられます。

なび京都さん 投稿日:2021/05/13
延命寺の裏山に愛宕山があり神社も祀られています。その神社の麓に元あった延命寺の屋敷跡があります。現在は地元の農家の方が畑として守っておられます。

なび京都さん 投稿日:2021/01/31
先日、延命寺参拝しました。久美浜の中で一番綺麗なお寺だと思いました。隣のお寺の住職さんも褒めていました。

なび京都さん 投稿日:2020/06/28
お盆の「施餓鬼会」八月15日午前中にお参りするとお札が授けられる。お供えは「心ずくし」だけ!

なび京都さん 投稿日:2020/05/24
古文書。一、大般若経巻軸 六十本写本。伝説に武蔵坊弁慶の筆と言へり、奥書に 応永廿七年 癸子 仲秋日修復 物故道恩禅門 建生 妙仁尼 とありて修復の年代を明にし、裏紙には大般若経勧進、友重(ともしげ)村の観音寺の文字諸所に現はるるより推考すれば、元、友重村の観音寺の所蔵たりし事を知らる。而して観音寺の廃寺と共に延命寺に移れるものの如し。右は貴重なる写経にして、紙質書風等より考ふれば、平安期末鎌倉初期頃のものならんといふ。 大字永留、延命寺は元、愛宕山麓に在りて、愛宕神社の別当たりしなり、現今の延命寺は元、長善寺にして両寺を合併し長善寺の寺号を廃し、「延命寺」の寺号を存せるものなり、愛宕山麓の寺跡は寺屋敷といひ、現今畑地なり。